計画の具体化に向けて
対象となった地域は、神戸製鋼所所有の工場跡地40万平方メートル(脇浜、岩屋地区)と旧川崎製鉄所所有の工場跡地16万平方メートル(葺合地区)、およびそれらの周辺を合わせた約1110万平方メートルで、新たな都市機能の導入、ウォーターフロントとして整備し、居住人口約3万人(約1万戸)、就業人口約4万人の新しい街の建設計画を策定してい平成5年には基本理念が策定され、翌6年には計画を具体化するための調査・調整が行なわれていたが、7年1月に、阪神・淡路大震災が発生し、全半壊24万9000棟、住家全焼6150棟という甚大な被害をもたらした。
被災後は住宅の復興が急務であるとの認識から、それまでの都計審の議論をスピードアップし、住宅の大量供給を早急に行なおうとの方針が打ち出された。
阪神電鉄の海側にベルト状に広がっていた多くの工場も被災して空地になり、その跡地にもマンションが建設された。
政府は特例措置として被災者の住宅取得のための助成制度を定め、住宅購入の際に低金利の「災害復興住宅資金融資制度」を設けた。
35年間固定で1パーセントという破格の低金利だった。
その制度を利用して工場跡地に建設されたマンションを購入した人もいたが、神戸を離れ、大阪にマンションを購入した人も少なくなかった。
さんまた、兵庫県内では、私が小学校の頃遠足で行った宝塚の丘陵地帯や、JR福知山線の111だ田まで、125年間固定利率1パーセントの優遇制度を利用して購入できるマンションがぎっしりと建てられた。
阪神・淡路大震災後にそこに移り住んだ人は多い。
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